私が鍼灸師&セラピストになるまでのストーリー&なった理由

   

鍼灸師でヨ―ガ療法士 アーユルヴェーダとヨガを愛するセラピスト ケララウェルネスサロンの木村明代です。セラピスト歴18年目、新神戸駅前の医療ビルで開業して8年目のアラフォー治療家です。

なぜ鍼灸師になったのか今の仕事をしているのか。時々聞かれます。その理由を書いてみます。

長くなりそうだ。

おばあちゃんが自分の足にお灸をしていた。いじめられて学校がきらいな子供時代

2014-01-23 22.43.37 父と姉と私(右)

家が鍼灸院でもなく、家族で鍼灸治療を受けている人がいたわけではありません。

神戸の下町の商売人お家で、3姉妹の次女です。

祖母が自分で足三里にお灸をしていました。もぐさを指で丸めて、熱そうでした。黒いほくろのような小さな点々が脚にありました。面白くて見ていた記憶があります。幼稚園くらいの時。

小学生の時には、手塚治虫が大好きで、「ブラックジャツク」と「火の鳥」を何度も読み、6年生の時お年玉をためて買いました。今思うと、人の身体やココロや、宇宙や、真理に興味を持ったちょっと変わった子だったのかもしれません。

クラスでいじめられたこともあり、内向的な本を読む子供でした。学校は行きたくなかった。

勉強はきらいではないけど、なんせ学校が楽しくない。反抗したり不良になったりしたいわけではないので、いやだけど行っていました。今の時代なら確実に不登校。今の子供がうらやましかったりもするくらい。

宇宙のこととか、地球のこととか、進化のこととか、細胞の中に探検してみたり、時空を超えた探検を一人想像の中でしていました。

人の心理にも興味を持ちました。なぜあの人はあんなふうな行動をするのか。小さい頭で考えてみて、家族の関係だったり、その人のバックグラウンドに理由があるとぼんやり思っていました。

 

ツボとアロマに出会う高校生

2014-08-17 15.59.56-1 高校生の時に書いた自画像。若さが恥ずかしいですね~

そして、高校生になってなぜかツボの存在を知りました。なぜ知ったのかは覚えてないけど、なぜか興味を持ちました。瞑想がしたかったし、不思議な話も好きでした。そのころ通学路にアロマとエコロジーのショップができました。まだ神戸では珍しいころで、精油が並んでいてものすごく高価な貴重なものだと思って、香りをかいだ時にすごくすごく感動しました。自然のエネルギー、パワーを感じたんです。

お小遣いで思い切って、「ラベンダー」と「ローズマリー」を買いました。しかも5ml。

ふたを開けて匂いを嗅ぐだけで、身体に使ったり、お風呂に入れたりもったいなくてできなかった(笑)

地元の進学校に行っていたので大学入学を考え始めたころ、特に行きたい学部もなく、将来の夢もなく、なんとなく面白そうだったので「鍼灸大学に行きたい」と母親に言ったら、家から通える国公立の大学にして。ということで、あっさり選択肢は狭まりました。

家は自営業で祖父母と父とで商売をしていました。金物屋さんです。建築や土木、大工さん関係がお客さんの専門店でした。倉庫は探検に最適の遊び場でした。(怒られたけど)そんな家だからか、両親は、進学や就職にはな~んにも言いませんでした。次女は良くも悪くも、ほったらかされてたのかもしれませんが、そんな両親には感謝しています。

そのアロマショップが好きすぎて、大学生のころにはアルバイトに立候補。

幸せな幸せなアルバイトでした。置いてあった本もほとんど読んだし、ハーブのパック詰めをしながら味見したり、在庫を数えながらアロマの名前を覚えたり、お客様へ出すハーブティをついでに順番に試飲したり。のんびりしたお店でしたし、興味があるからどんどん覚える。アロマのサンプルを毎日匂いを嗅いで覚えたり。

そして、そこでスクールを開催するというので、生徒として参加。アロマセラピストですね。当時協会やら団体やらあんまりなくて、学べるところも少なかったのでほんとにうれしかった。またお小遣いをはたいたのです。

そこでオイルマッサージを最初に教えてもらいました。アメリカ人の男性セラピストでした。その時にものすごく楽しかった。

直感で「マッサージ向いてる」「できる」と思いました。前世でやってたにちがいない。(笑)

大学卒業しちゃった。。。インドに行ってみよう



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大学を卒業して就職をしそびれて、興味がもてなくて、、、誰も何にもいわないし、ぼんやりしてたらノリ遅れた。

で、インドにアーユルヴェーダを受けに3週間行くことに。1999年の5月。

アルバイト先のアロマショップのオーナー(男性)がインドにヨガの修行に行ったりしていて、アーユルヴェーダのセミナーもしていました。店番をしながら耳はダンボで、セミナーをものすごい聴いていました(笑)

そんな影響もあり、インドのケララ州のアーユルヴェーダ施設に2週間いきました。

そう、だから屋号は「ケララ」なのです。

まだ20代前半の私には体調の変化をあまり感じられなくて、まあ元気だったので

毎日のトリートメントや食べ物が面白くて。2週間いても飽きなかった。

初日のマッドトリートメントで衝撃をうける。

20代前半の女子が布のふんどし1枚で全身に薬草とスパイス入りの泥を塗られて屋外の椅子に座らされて放置。太陽の光にあたる、体の悪いところがわかるとか。でも途中で雨が降って中止。もうね、何でも来いって感じでした。

雑なインドの感じも大丈夫だったし、人はすごくよかった。あったかい。田舎だったからかもしれないけど。

英語はカタコトなので、もったいなかったと思うけど、それでも意思疎通してだんだん仲良くなれる。

インドの話は長くなるので、また別の機会に。この間、部屋をかたずけていたら、その時のメモが出てきた。いろいろ面白いことを書いてました。

 

さて、何しよう? そうだ、今一番好きなことをしよう!

 

インドから帰って、現実には就職もしていないので、アルバイトをしつつ、どうしよう。となりました。

そこで考えたのが、「今一番好きなことをしよう」と思ったのです。

それが、アロマのオイルマッサージでした。

「私に向いてる」という直感だけを頼りに、ある日、自称セラピストになることにしました。

で、名刺を作って、出張でアロママッサージをスタート。

当時大好きな大学の先輩がいて、相談したら、「あきちゃんならできるよ!自分ですきにやったらいいよ!」

との言葉を真に受けて(笑)

最初は、知人の部屋を借りて、練習をたくさんさせていただきました。無料から、1000円、2000円、、、とちょっとずつお金をもらうようになり、メニューを作りました。

同時にマッサージをもっと学べるところを探していて、鍼灸マッサージ院で研修させてもらうことになりました。

そこで、スポーツマッサージを教えてもらいながら、少しずつお客様への担当をさせてもらうようになりました。

スポーツクラブのマッサージルームや、スパ、いくつかの場所でやりつつも、屋号を「ケララ」にして訪問アロマは続けていました。スポーツマッサージトレーナーとして実業団のマラソン選手の合宿に帯同もさせてもらったりもしました。

だから、一度も会社員になっていないのです。就職をしていないので、組織的な動きや考えが抜け落ちています。毎月のお給料も、ボーナスも、いただいたことがありません。

お金があるわけでもないし、家が裕福なわけでもありません、。でも気にならなかったのです。

 

ホリスティックに共感。コンセプトは「こころ・からだ。ひとつ」

自分で訪問をはじめて屋号をつけて、アロママッサージを始めたころに、「こころ・からだ・ひとつ」というコンセプトにしました。全体まるごと観たいという思いから。

ホリスティックという考え方に共感していました。

全体を観る、子供のころから思っていた全体性、宇宙と地球と人の関わりが、そういう言葉で表現されているのだと思いました。そうそう!それそれ!という感じ。

当時の私の選択基準は、健康にいいとか、人の為とかでなくて、それが人類を含む地球まるごとにとってどうか。という思いでした。だから、エコロジーにも興味があった。自然や環境に興味があった。

美容や健康ではなくて、そもそも、自分が生きることが、選ぶもの、食べるもの、生活することが、地球に影響をしているので、世界が平和で、地球が平和であるために。

と思っていました。個人の健康という欲には違和感すら感じていました。周りの人も同じように思っているのだろうなとさえ思っていました。自然と共存できる農業の方法や、経済の在り方、人の生き方。それを目指しているのが当たり前だと思っていました。

あれ?なんかみんなはちがうんだね~と気が付くのはだいぶ後のこと(笑)

そして体に触れる機会も増えて、だんだんと仕事になってきたころ。

お客さんの肩からものすごく美しい金色の光?エネルギー?がプチプチはじけ出ていました。それはそれは美しく、生命エネルギーが体からあふれている感じでした。生きているのってすごいことなんだな~。

そして、ツボの存在にも気が付くようになりました。ここはきっとツボなんだろうな。と。触って感じるようになりました。いつかツボの勉強したいな。そう思うようになりました。

そのころ、アメリカから「ポラリティセラピー」というエネルギーワークをする人が周りにいて、受講しました。アーユルヴェーダの智慧がつまった、気のワーク。ヒーリングのエッセンスにその時に触れました。チャクラのことや目に見えないものがたくさんありました。

目に見えないものが当たり前の世界でしたし、面白い人もたくさんいました。ヒーリングの、いろんな面をみたりもしました。

ヨーガに出会い、いつの間にか教えるようになって。

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ツボと同時にヨガにも興味がありました。ヨガというか、瞑想。

瞑想がしたくて教室に通ったりしました。あるとき知人にすすめられてYICという インド政府公認 ヨーガインストラクター養成講座 なるものに通うことにしました。2004年のこと。それが面白かった。

内観的な宿題が毎月出て、作文をかきました。自分の嫌なところや、いいところ、たくさん見続けたのだと思います。今でもつづいてますけど。それがヨガだから。

いつのまにか自分の考え方の軸になっていました。そのままティーチャーコースも受けて、2008年ヨーガ療法士になりました。最初は学会の発表のために指導のデータをとるために教え始めました。そして、代行を頼まれたりしているうちに少しずつヨガの先生の仕事も増えてきて今に至ります。

30歳を目の前に鍼灸の専門学校へ入学。その3つの理由

2016-07-06 15.42.36 (卒業中国研修、万里の長城にて)

いつかツボのこと東洋医学のことを勉強したいと思っていて、お金がたまったら資格を取ろうとおもっていました。

でもお金はたまらないので、いつまでたっても行けない。そう思い、30歳を目の前にして考えました。

「行っちゃおう。」2005年専門学校に入学。夜間部でしたので、働きながら行けばいいし、学費も借りたり、奨学金も利用してなんとかなるやろ。と。

鍼灸師の資格を取ろうと思った理由は3つ

①ちゃんと学びなおしたい。

②おばあちゃんになってもできる。

③国家資格だから。でした。

 

①解剖生理のこと、東洋医学のこと、そしてツボや経絡のこと、ちゃんと勉強したかった。自分が感じていた人の身体のことをもっと詳しくちゃんと知りたい。そう思いました。スキルアップしたかった。

②いまは20代で若いからできるけど、おばあちゃんになっても鍼灸ならできるんじゃないか。ヨガは口でできます。おばあちゃんになってもできる。ヨガと鍼灸で、人の役にずっと立つことができる。マッサージは体力がいるからからいつまでできるかわからないし、、、そう思いました。

③国家資格をもって、堂々と施術したい。スポーツトレーナーの世界も、資格があると実業団でも入っていける。そんな話もきいたのもありました。30歳という区切りを前にして、次のステップに。資格を取ろう。そう思いました。

国家資格合格。そしてその後開業へと続く。~まとめ~

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2008年に国家資格を取得し、2009年に開業。その後はまた新たな動きになります。

開業にまつわる事々はまた別の機会に書くことにして。いろいろあるからね~。

鍼灸師になってよかったなと今は思っています。

もっとその良さを発揮していきたいとも思います。

鍼灸師になった後も、開業したあとも、興味のあることを学び積み重ねてきました。

だって面白いんです。人の身体は、心はすごいんです。

その後、アーユルヴェーダや、NLP 、スピリチュアルカウンセリングなども学んで、

アクアダーラ®をというオリジナルサービスを創ったり。セミナーをしたり、講演をしたり、

でも日々お客様のオーダーメイドの治療が大好きで。。そんな日々です。

こころ、からだ、まるごと見られるようにちょっとは近づいてきたのかな。

治療家としてヨーガをする者として 一歩一歩、進んでいきたい。

そして、これからなりたい人にとって、ちょっと先を行くお姉さん?として役に立てることもあるのかな。

そんな気がしています。遠回りしてるから。

長い長いストーリーここまで読んでいただいてありがとうございます♪

 

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 - セラピスト:ボディワーカー, ヨガ・ヨーガ療法, 未分類, 東洋医学・鍼灸